シロクマあいすの日記

シロクマあいすの思いつきを書いたものです。

小説『布団に喰われた父の話』

 まだ五歳の息子と、その父親は決して広くはない部屋の中でかくれんぼをしていた。

 隠れる場所などは殆ど無く、いわば戯れのようなかくれんぼだった。

 もう寝る時間にはとっくになっていたが、遊び足りない息子のたっての頼みで、ほんの少しだけかくれんぼをすることになったのだ。

 母親はテレビを見ながらアイロンをかけていた。それが彼女にとってささやかな安らぎの時間であることを知っていた父親は、子供を寝かしつけるまでが自分の仕事だとばかりに子供の相手をした。

父が目をつぶり、十を数える間、息子は慌てて隠れ場所を探した。探すといっても、隠れられそうなのは、部屋に唯一のタンスの陰か、すでに引いてあった布団の中か、その分、空きができた押し入れしかなかった。台所と浴室とトイレは、母親に怒られるという理由で、隠れてはいけないというのが父と子の暗黙の約束だった。

 やがて息子は布団の中に潜り込んだ。布団は小さな息子の身体をすっぽりと包み込んだが、その膨らみまでは隠すことはできなかった。目を開けた父親はすぐにかすかに揺れる布団の膨らみをみて、そっと微笑んだ。そして、どこにいるかわからない、とわざとらしく言うと、押し入れやタンスの陰や、人が隠れることが出来る訳のない天井などを探す振りをした。

 その度に布団の膨らみはクスクスと笑うように震えた。

 一通り探した振りを終えると、父親は布団をめくり、見つけたよ、こんなところにいるなんて気がつかなかった、と言った。

 今度は息子が鬼になる番だった。しかし、小さな息子でさえ限られている隠れ場所は、父親の番になるとまるでなく、止む得ず、布団の中の入り、頭の上までしっかりと布団をかぶった。大柄な自分の足が布団から飛び出していることには気がついていたが、そのことに息子はすぐ気がついてくれるだろうかと思うと、ある種の面白ささえも感じるのだった。

 もういいかいという息子の呼びかけに、父親が応えると、すぐにおかしそうな笑い声が聞こえた。どうやら、すぐに気がついたようだった。

「ここにいるよ」と息子はすぐに布団をめくろうとしたが、すぐに見つかっては面白くないと思ったのか、父は中からぐっと布団を掴んで、めくれないようにした。

 もう見つけたよ、という息子に、父はふざけて、ここに隠れているのはパパじゃないよと言った。

 違う、パパだよ、ほら、僕はもう見つけたよ。

 違う、パパじゃないよ。

 じゃあ、誰なの?

 布団の中には誰もいないよ。

 ううん、だって足が出ているもの。

 布団越しの親子のやりとりが何回か繰り返された。

 息子は楽しそうに笑った。パパ、ずるいよ。

 そう言って、思いっきり力を込めて、布団をめくろうとしたその時だった。

「パパなら、布団に喰われてしまったぞ」

 突然、響いたその声は普段の父親の声とはまるで違う低く陰鬱なものだった。

 幼い息子は一瞬引きつけを起こしたような固まり、思わず、布団から離れてしまった。そして怯えた表情を母親に向けた。

 その聞き覚えのない声に少しだけ驚いていた母親だったが、怯えた息子と目が合うとかすかに微笑みながら、パパの冗談よ、と言い、それを聞いた息子は少しだけ安心したような顔をみせた。

 その様子を見てから自分の夫に対し、なんて悪趣味なんだろうと心の中では思ったが、それよりも今見ているドラマが盛り上がっていたので、そのままこの件を忘れた。

 それでも何だか怖くなった息子は、早く、父親を見つけ出そうと、布団に近づいた。 

 布団の端からは相変わらず、父親の足が見えた。

 だが、その足は先ほどとは違い、まるで動かなかった。幼子の目には、布団の膨らみはすでになく、足だけ残して身体が消えたかみたいに、ぺちゃんこになっているように見えた。

「ねえ、ママ」

 息子の呼びかけに母親は返事をしない。

「ねえ、ママ」

 繰り返しの呼びかけにテレビとアイロンがけに集中していた母親がようやく、なあに、と返事をしたが、幼子は自分でも持て余す漠然とした不安を言葉にすることもできず、もう一度、ねえ、ママと呼びかけた。

 布団から突き出た白い足はピクリとも動かない。

 息子は大声で泣き出した。