シロクマあいすの日記

シロクマあいすの思いつきを書いたものです。

創作『僕と妻は異世界転移して穏やかに暮らしている』

結婚して以来、僕は必ず妻に起こされて目を覚ます。妻が起こしてくれなかったのは、君を産む前後のしばらくの間と、あの時だけだ。起こし方は妻の機嫌によって怒鳴り声の時もあれば、優しく肩を揺すられるときもあるけれど、この世界に来てからの妻はいつも機嫌が良い。

 起こされた僕は、ゆっくりと、居間兼食堂に顔を出す。僕たちの朝食はルーティンが決まっていて、週のうち、4日間は炊いたご飯に味噌汁、納豆、生卵か厚焼き卵、鮭だったり鰺だったりする焼き魚、漬物、前日の残り物があればそれで、あと3日間は焼いたパンに目玉焼きにハムかソーセージ、サラダだ。

「あなた、もうこんな時間ですよ。あの子を起こしてきて」

 妻に言われ、僕は階段を上り、君の部屋をノックする。そして階下に聞こえるようなやや大きめな声で言う。

「ヒロユキ、もう起きなさい」

 そしてしばらくして食堂に戻った僕は

「昨日夜更かししたみたいで、もう少し寝かして欲しいようだ」

「もう、いくらここに来てから学校に行かなくて良くなったっていっても、勉強しなければいけないことはたくさんあるのに」

 そんな妻の不満もいつものことなので、ああそうだねと適当に流しながら、僕はまず食事に専念する。

「今日は何をするの。この間、ゴブリン退治はやったけど、そろそろドラゴンとか退治するの?」

「いや、まだドラゴンはさすがに無理だよ。もっとレベルを上げなければならないし、そもそも個人で戦うものじゃあない」

「あら、よく分からないけどそうなの。やっぱり一人でドラゴンと戦うのって伝説の勇者とか、そういう話なのかしら」

 いつものたわいのない会話。

 朝食を食べ終えて僕は身支度を調える。シャツとズボンぐらいは自分で身につけられるが、こちらの世界に転移してから妻の助けがないと装備できないものも増えた。

 緋色のマントをつけ、肩の留め具をはめる。鉄よりは重くないが、それでも銅製の籠手は四十歳を超えた僕には、ずっしりとくる。盾と剣。合わせて二十キロほどだろうか。

 行ってくるよと、僕は妻に話しかけ、妻は今日こそは市場でお買い物をしないと、などと微笑んでいる。

 今も僕の職業は冒険者で、町の外の高原や森や山に入り込み、モンスターを退治して、それをお金に換えている。

 玄関をでると、偶々ゴミ捨てに来ていたお隣の竹原さんと目が合う。会釈だけする。最初は大きな声で悲鳴を上げられたが、僕の職業を分かってもらってからは会釈だけはしてくれるようになった。

 まず向かうのは歩いてすぐそばのところにあるレンタル倉庫だ。僕自身というよりも近隣の方々も慣れたらしく、すぐそばの小学校に通う子供たちが時折「勇者おじさん」と声を掛けるぐらいで、大部分の大人はそっとしておいてくれる。

 倉庫に剣と盾、籠手とマントを預ける。この倉庫の管理人は僕の知人で、ありがたいことにひとりでは外すことも、つけることもできないマントや籠手の解除や装備を手伝ってくれる。

 冒険者はここで、おしまい。後は転移する前と同じように、僕は電車に揺られ会社に行き、いつものようにデスクワークを行い、妻を心配させることがないように、残業も寄り道をせずにまっすぐに帰ってくる。

 家に帰ると、ちゃんと夕飯が出来ていて、カレーやシチューの日を除けば、メインの料理は必ず魚料理だ。以前は三日に二日は「ヒロユキが好きだから」と、肉料理だったけど、転移後は必ず魚料理にしてくれるのは、この世界にきて良かったことのひとつだろうか。

「あなた、あの子に夕飯ぐらい一緒に食べなさいって言ってちょうだい。それと将来、魔法使いになるなら、独学でも勉強しないと」

 いつものように君の部屋の前に立ち、ノックをして声を出す。

 最近の妻の小言はそのぐらい。あとはずっと機嫌が良い。

 だから君はどうか心配しないで欲しい。

 悲しいことがあって、僕も妻のずっとずっと泣いていたけど、君が小説を読んだりアニメで見ていたこの異世界に転移してきてから、僕と妻は二人きりで穏やかに暮らしている。

 

 

※学生時代は趣味で小説とか書いていましたが、20年ぶりか。やはり腕が落ちてるなと思います。